ソラノハテ:第五話

荘厳(そうごん)。

その表現が一番ふさわしい。

深雨の家、すなわち宮司の宮は訪れたものを畏怖させるにふさわしい概観をしていた。
警察や政治、人心を掌握するにはその存在や風体もさることながら、その居住地も民衆を威圧するものでなければならないのであろうか。
人が通るどころか、台車が数台並んでも余裕で入れるような門構え。
その横に、一応というようにとってつけたような通用門がある。
本当に一応というレベルで個人の来訪も受け付けるという意味合い程度であるが。

城は円錐形になっているので、ほぼ最上階にあるこの場所が深底に比べればいくらか絶対的な底面積は少ないとは言え、その半分を所有する宮司の宮は十分に訪れるものを威圧するという役割を果たしていた。

「ふぅ・・・」
紫羽はため息をつきながらもいつもどおりにその申し訳程度に設置された通用門の呼び鈴を鳴らす。

キンコーン。

間の抜けた呼び鈴が音を鳴らす。
「誰もいないということはないと思うけど」
大きな扉。
仰々しい門。
それが深雨の住む宮司の家の門構えであった。
何度見てもそれは変わることはない。
当然と言えば当然であるが。

反応がない。

「警戒されているのかな」
誰に言うともなくそうつぶやく。
「それはないでしょう。昨日の時点ですでに宮司の対応は済んでいるはずですから」
ナビの中から紫羽にだけ聞こえる声で反応するOKINA。
「インターホンの反応ぐらいはあってもいいのにね」
ぼんやりと自分が押したインターホンのボタンを見つめる。

「・・・紫羽さまですね?少々お待ちください」

待ちかね、もう一度ボタンを押そうとしたとき、聞きなれた女中の声がゆうに2分は経ってから反応した。
「ふぅん。普通に対応するんだ」
ちいさく皮肉ってみる。
「まぁ、そう言うものでもないでしょう。普通に対応するのもオトナってものですよ」
「・・・。イヤだね、オトナって」
ふっと口に笑みを浮かべ、紫羽がごちる。
「紫羽も十分大人になってきていると思いますけどね」
「勘弁してよ」
無駄口をたたいていると、その仰々しい門が開かれ始めた。
大門が開くことはめったにない。
その横の扉がいつも開くだけだったのだが、今日は何か別の催し物があるのだろうか。
否、紫羽を歓迎せざる客として認めたのだ。
城の上を目指す者として。
門はゆっくりと開いてゆく。
その門の右側、三分の一ほどの場所にいつも応対してくれる女中の姿があった。
普段からあまり表情のない女中であったが、今日はさらに意識的に感情を殺しているように見えた。

「どうぞ」

それだけ言うと、女中は前に立って歩き始めた。
「取り付くしまもないね」
肩をすくめる紫羽。
OKINAの反応はない。
おそらくは近場のネットワークから侵入できないかどうかを検索しているのだろう。
ひょっとすると状況に配慮してあえて口を噤んでいるのかもしれないが。

長い廊下を見渡すと、宮司の歴史がわかるようになっていた。
紫羽にとっては見慣れたものではあるが、この廊下は簡易的な歴史資料館もかねているのである。
その場所の歴史というのは必ずあるものであり、それをまとめた場所があるのもまた真理なのだ。
この場所ができた時代に始まり、宮司の家系がその苦労を認められてその地位に着いたこと。
初代が非常に聡明であり、その後継者たる代々の宮司がそれをたゆまない努力で引き継いでいることを延々と記してあった。
「ま、いいけどね」
特に興味はないが、何度も見ているうちに内容は覚えてしまっている。
同級生などは足を踏み入れることすらない場所であるが、紫羽にとっては物心ついたころからの友人である深雨の自宅である。
歴史資料館という認識よりも大きな友人宅の置物というイメージの方が強いのだ。

「深雨さまはこちらです」

女中はそれだけ言うと、さっさとその場を離れた。
いつもは飲み物かお菓子の好みを聞いてから離れるのであるが、今日はそれをしない。
前までとは対応が違うということがどうしてもわかってしまった。

スゥーーーー。
紫雨の身長の二倍ほどもある扉は思ったよりも軽い力で音もなく開いた。
それはあまりにもあっけない軽さだったので、思わず紫羽が前のめりによろけたほどだ。
「深雨?」
思ったよりも広々とした部屋に通されたので、紫羽は幼馴染の名前を恐る恐る呼ぶ。
普段は深雨の部屋に直接深雨が招き入れるのだ。
紫羽が独りで深雨宅を訪れることはほとんどない。
直接の連絡だけであれば、ナビの通信機能を使えばいいだけの話だからだ。

「紫羽?」
いつもよりも弱かったが、深雨の反応はあった。

「ふぅ・・・」
一安心した紫羽がため息をもらす。
「心配したよ。今日学校に来なかったからさ」
紫羽は部屋の端のほうにあるベッドに深雨がいることを認識すると、ゆっくりと歩き始めた。
「あ・・・」
深雨が手を紫羽の方へむける。
止まれと言っている様だ。
「何?」
不思議そうに深雨を見つめながらも、紫羽は素直に立ち止まった。
「そこにガラスがあるの」
「ぇ?」
紫羽はそっと手を前に伸ばしてみる。
カツン。
指先の爪に確かに硬質なものが当たる感触があった。
「なんでこんなものが・・・」
ガラスに近づき、その硬さや厚みを確認し始める紫羽。
「深雨?」
ガラス越しではあるが、深雨に言葉は届くようだ。
「お父様がね、もう紫羽に会うことはだめなんだって。あと、学校ももう行く必要はないんだって・・・」
「え?」
深雨の視線は下を向いてしまう。
「私は宮司の娘なんだから、俗的な学校なんてものに通う必要はもうないんだって。ある程度までの年齢になったら英才教育を受けることになっているの。本当は来月の誕生日からだったんだけど、昨日紫羽との一件があったから、もう待つことも無いだろうって・・・」
そこまで一気に言うと、深雨はものすごく悲しそうな顔をした。
「深雨・・・」
言葉を失う紫羽。
「深雨はそれでいいの?宮司の娘だからて、宮司にならなきゃいけないなんてことは無いはずだろ?。何とか親父さんを説得して・・・」

「それは無理なのだよ。紫羽くん。いや、天羽の末裔殿」

ひときわ重く、そしてひときわ響く声が紫羽の後ろから響いた。
まったく人の気配をさせず。
認識した瞬間から圧倒的な存在感で。
その存在は突然に現れた。
いや、具現化した。

当代宮司、『炉雨(ロウ)』である。


To be.....




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2004 12/04 Written by ZIN Kozan
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