ソラノハテ:第二話

「みてみて深雨(ミウ)!天羽(テンウ)の新しい文献を見つけたんだ!」
喜び勇んで教室に入ってきた紫羽(シウ)は真っ先に深雨にかけよった。
放課後、深雨はクラスの委員長としてプリントの取りまとめをしていた。
紫羽は授業が終わったあと、図書館で調べ物をしていたようだ。
「へぇ・・・でも、図書館の本って、一通り調べ終わっていたんじゃなかったっけ?」
『もう終わっているはずよ』といわんばかりの深雨の視線。


実際のところ、深雨は何度も図書館の本探しを手伝わされていたのだ。
この城(セン)の中にはいくつもの図書館があり、またその蔵書は数万を超える。
人が城に生活するようになってからたかだか2千年とはいえ、その蔵書はすさまじいものとなっていた。
当然紫羽の力だけでは調べられず、めぼしい場所を特定するのに深雨の自宅にあるこの城最高のコンピュータを何度も工面したのが、その令嬢である深雨本人だったのである。
コンピュータの検索結果を何度もあたったにもかかわらず、結局紫羽の目指すものは発見されず、最近は本当に紫羽の夢物語となっていたのだった。
それが、突然紫羽が思いつきで調べただけで天羽の新しい情報がみつかったとは、なんとなく納得いかないのが正直なところであった。


「うん、たいていの図書館は調べ終わったんだけど、今日はOKINAが面白い発見をしたって言うからさー」
「OKINAって、紫羽のナビだっけ?」
「うん。昨日の夜、城の図書館を一つ一つ検索していたら、いくつか天羽に関する文献のかけらを見つけたらしいんだ」
「かけら?検索結果ではなくて?」
「うん、そうなんだ。僕たちは深雨の家でコンピュータを貸してもらったけど、その時には見つからなかった文献の名前がいくつか見つかったみたいなんだ。それも、内容はわからなくて、本のタイトルだけが図書館で直接調べた場合にだけ出てくるんだって」
「それじゃまるで・・・」
「そう、まるで天羽に関する文献や資料は隠されているみたいなんだ・・・」
興奮している語調とは裏腹に、紫羽の声の大きさは小さくなっていった。
「これはまだ推測なんだけど、ひょっとしたら深雨の家のコンピュータも実は制限を受けている可能性が高いんだ。ってことはいくら深雨の家のコンピュータで検索しても何も出てこないってことかもしれないんだ」
深雨にぼそぼそと耳打ちをする。
「なんで突然そんなに小声になるの?」
不思議そうな顔をする深雨。
「だって、深雨はいつも護衛がいるだろ?」
「だから?」
「僕が隠されている情報を見つけ始めたことが知られちゃうと困るってことさ」
「それってひょっとして・・・」
「そ。深雨の家は天羽について何かを知っている可能性が非常に高いってこと」
「ぇえっ?!ウチにそんな資料があるなんて話、一度も聞いたことないよ?」
深雨の瞳が大きく見開かれる。 「そりゃそうだろうね。下手すると深雨のお父さんですら何も知らないかも」
「まさかおじいちゃんが・・・?」
「さぁ、どうだろう。知っている可能性もあるし、知らないまま情報を封印している可能性もあるね」
「ウチがそんなことをしているなんて・・・」
深雨は自分の頬を押さえて机の上を見つめた。
「ま、深雨の家にかかわらず、この城の中にある個人用のナビを含めたすべてのコンピュータはどうやら何かにロックされている見たいだってこともわかってきたんだけどね」
紫羽はさらっととんでもないことを言ってのけた。
「え・・・?」
「僕は憧れだけで昔話がどこまで本当なのかを調べようと思っていただけなんだけど、どうやら思ったよりもこの世界の本筋に触れる内容を見つけ始めちゃったみたいなんだ」
「なんか、話がどんどん大きくなっていくみたいなんだけど・・・」
「そうだね」
紫羽は一度外の景色を見た。
すでに夕焼けも終わり、あたりは薄暗くなっている。
教室の外には大きな中庭のような円形の広場が広がり、それが幾重にもなって反対側の壁がある。
紫羽の視線は反対側の壁を見ているようでもあり、その真ん中の空気を見ているようでもあった。
「深雨はこの城の外ってどうなっているか、知ってる?」
「え?」
突然の質問に深雨はきょとんとする。
「んーと、外は生活ができないほど荒れていて、人は生活できないから城の中にすんでいるんじゃないの?」
その答えを聞いて、紫羽はくすっと笑った。
「なによー?!」
「いやいや、教科書どおりの答えなんだなーってね」
「じゃあ、紫羽は違うって言うの?」
「んー、僕も本当の外を見たわけじゃないから確信をもっているわけじゃないけど、多分普通に生活できているんじゃないかな。だって、よくよく考えてみれば、あの大空洞の一番上は普通に空が見えるわけだし、本当に城の外で生活できないんなら大空洞の天井もふさぐべきだと思わない?」
「それはそうかもしれないけど・・・」
「それにね」
「それに?」
「どうやら、その考えは間違いじゃないらしいんだ。この本にもそう書いてある」
そう言って紫羽が取り出したのは『禁帯出』のラベルが貼ってある図書館の古ぼけた本であった。
「へぇ・・・そんな本があったんだ・・・。で、なんて書いてあるの?」
「それはね・・・」
紫羽が本を開こうとしたとき、その手が止まった。
「・・・やっぱりこの道は正しかったんだ・・・」
「どうしたの?紫羽?」
紫羽が答える前に二人の上に大きな影が覆った。
身長が190ぐらいの長身。
真っ黒のスーツ姿で一人の男が現れた。
無表情なのでその真意はわからないが、紫羽も何度か見たことのある顔であった。
確か深雨の護衛の一人だ。
若いわりにかなり上の人間だったはず。
「・・・お嬢様、そろそろお帰りの時間です」
「え?今日は特にお稽古もなかったはずだけど?」
「・・・宮司さまがお呼びです。今日は早めに帰るようにと」
「パパが・・・?変ねぇ。急に呼ぶなんてことないのに・・・」
「とりあえず帰ったほうがいいと思うよ。その人、怖い顔しているし」
少し意地悪い顔をしながら、紫羽は深雨に帰るよう促した。
「うん、紫羽がそういうなら帰るわ。また明日ね、紫羽」
「うん、また明日」
そう言って深雨は黒服の男に連れられていった。
「紫羽さまもお気をつけて。夜道は物騒ですから」
最後にそう言い残して黒服は去っていった。
その言葉は深雨には聞こえなかっただろうが、紫羽にはきちんとその真意まで伝わったようだ。


・・・


「これ以上天羽にかかわると、まずいって事なんだろうね、OKINA?」
深雨がいなくなったのを見届けてからしばらくして、紫羽はおもむろにバッグから手帳サイズの折りたたみコンピュータを取り出すと、話し掛ける。
「そうですね。深雨さんと今後も仲良くするためには、これ以上深入りしないほうが賢明でしょうね」
その年の姿は26〜7、丁寧な口調とやさしげな笑みは見るものに安らぎを与える雰囲気。
紫羽たちの世界では見たことのない『羽織袴』という格好をしていた。
「やっぱりそう思う?」
紫羽は苦笑した。
「明日も深雨に会えるかな?」
「それはどうでしょうかね。多分紫羽がめんどくさそうにそのままその本を返すと、明日からも普通の生活が送れるのではないでしょうか。また、これから自宅へ帰って、じっくり読み進めるのであれば、多分明日からは深雨さんと会えないどころか、紫羽の生活が壊される危険性が非常に高いですね。どうやら監視され始めているようですし・・・」
そう言ってOKINAはウインクして見せた。
「ふぅ、やっぱりそうなるのかぁ。んじゃ、本は返しにいきますか。僕はのんびり暮らしたいからね」
紫羽の言葉は、独り言のようにも聞こえたし、姿の見えない誰かに宣言するようでもあった。
「ここはそれが賢明な選択ですね」
OKINAの口元が少し笑っているように見えた。

To be.....




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2003 06/24 Written by ZIN Kozan
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